配偶者に先立たれたあと、残された妻や夫が住み慣れた自宅に住み続けられるかは切実な問題です。従来は、自宅を相続すると評価額が大きく預貯金の取り分が減り、「家は確保できたが生活費が足りない」という事態が起こりがちでした。この課題に対応するため、2018年(平成30年)の相続法改正で設けられたのが本記事のテーマ「配偶者居住権」です。
配偶者居住権は、自宅の権利を「住む権利(居住権)」と「所有する権利(負担付き所有権)」に分け、配偶者は居住権を取得することで、原則として終身、無償で自宅に住み続けられる制度です。所有権を子などが相続しても配偶者の住まいは守られます。2020年4月1日から施行され、本記事ではその仕組みから注意点までを民法の規定をもとに整理します。
・配偶者居住権とは何か(民法1028条〜1036条・2020年4月施行)
・配偶者短期居住権(民法1037条)との違い
・数値例でわかる「自宅も預貯金も確保できる」仕組み
・成立方法と、第三者対抗要件となる登記
・相続税評価と二次相続で節税に働くケース、売却できない等の注意点
☐ 二次相続まで見据えて自宅の相続方法を考えたい
☐ 配偶者居住権のデメリットや落とし穴も知っておきたい
☐ 将来の自宅売却の可能性も気になっている
目次
第1章 配偶者居住権とは(仕組み・短期居住権との違い)
第2章 メリット|自宅を確保しつつ預貯金も残せる(数値例)
第3章 成立方法と登記(第三者対抗要件)
第4章 相続税評価と二次相続への影響
第5章 注意点・デメリット
第6章 使うべきケース/避けたほうがよいケース
まとめ
本記事は2026年7月時点の一般的な情報提供です。配偶者居住権の評価や相続税の計算は複雑で、個別の事情により結論が変わります。具体的な判断は税理士・司法書士・弁護士等の専門家にご確認ください。
第1章 配偶者居住権とは|仕組みと「短期居住権」との違い
・定義と根拠条文、「居住権」と「負担付き所有権」への分割という考え方
・「配偶者短期居住権」(民法1037条)との違い
配偶者居住権とは、被相続人(亡くなった方)が所有していた建物に住んでいた配偶者が、その建物に原則として終身、または一定期間、無償で住み続けられる権利です。従来は住み続けるには評価額の高い所有権そのものを相続する必要があり、その分だけ預貯金の取り分が減る問題がありました。
配偶者居住権は、自宅の権利を「居住権」と「負担付き所有権(子などが持つ所有権)」に分ける発想です(民法1028条〜1036条・2018年の相続法改正で創設)。配偶者は評価額の低い居住権を取得することで、少ない持ち分で住まいを確保でき、その分だけ預貯金などを多く受け取れます。対象は法律上の配偶者で内縁は含まれず、相続開始時にその建物に居住していたことも要件です。
名前が似た配偶者短期居住権(民法1037条)は、遺産分割が確定するまで、または相続開始から最低6か月間、配偶者が無償で住み続けられる別の権利で、合意や登記がなくても当然に発生します。一方、本記事の配偶者居住権は終身または一定期間の長期の権利で、遺産分割・遺贈・審判で取得し登記もできる点が異なります。
☑ 配偶者居住権は民法1028条〜1036条・2020年4月施行の新制度
☑ 自宅を「居住権」と「負担付き所有権」に分け、少ない持ち分で住まいを確保
☑ 短期居住権(民法1037条)は当面の保護で別物
第2章 メリット|自宅を確保しつつ、預貯金も残せる
・使わない場合の「現金が残らない」問題
・数値例(遺産6,000万円)で見る手元現金の違い
最大のメリットは、自宅に住み続けながら、預貯金などの生活資金も一定額確保できる点です。相続人は配偶者と子1人、遺産は自宅4,000万円と預貯金2,000万円の合計6,000万円とします。法定相続分は配偶者・子それぞれ2分の1(3,000万円ずつ)です。説明のため配偶者居住権の評価額を仮に2,000万円、負担付き所有権を2,000万円と置きます。
| 項目 | 居住権を使わない場合 | 居住権を使う場合 |
|---|---|---|
| 配偶者が取得する自宅の権利 | 所有権 4,000万円 | 配偶者居住権 2,000万円 |
| 配偶者が取得する預貯金 | 0円 | 1,000万円 |
| 配偶者の取得合計 | 4,000万円(相続分を超過) | 3,000万円(相続分どおり) |
| 子が取得する権利 | 預貯金 2,000万円 | 負担付き所有権2,000万円+預貯金1,000万円 |
| 配偶者の手元に残る現金 | 約0円 | 約1,000万円 |
自宅の所有権をまるごと相続すると4,000万円となり法定相続分3,000万円を超え、配偶者は預貯金をほとんど受け取れず、手元の現金がほぼ残らないことになりがちです。一方、配偶者居住権(評価2,000万円)なら残り1,000万円分を預貯金で受け取れ、自宅に住み続けながら約1,000万円の現金を確保できます。これが本制度の中心的なねらいです。
上記の評価額は仮の数値です。実際の評価額は、配偶者の年齢(平均余命)・建物の構造や築年数・敷地の評価額・法定利率などで決まり、ケースごとに大きく異なります。なお本制度は、住まいと生活資金の確保を両立でき、配偶者と子で遺産を法定相続分どおりに公平に分けやすくなる点もメリットです。
☑ 自宅をまるごと相続すると預貯金の取り分が減り現金が残りにくい
☑ 配偶者居住権なら住まいを確保しつつ預貯金も一定額受け取れる(例では約1,000万円)
☑ 実際の評価額は配偶者の年齢等で変わるため個別試算を
第3章 成立方法と登記|第三者に対抗するには登記が必要
・3つの成立方法(遺産分割・遺贈・審判)
・登記が第三者対抗要件となる理由と手続き
取得方法は大きく3つです。①遺産分割協議(相続人全員で合意)、②遺言(遺贈)(生前に遺言で配偶者へ遺贈)、③家庭裁判所の審判(話し合いがまとまらない場合)。確実に住み続けさせたい場合は遺言で遺贈しておくのが基本で、「相続させる」ではなく「遺贈する」と記載するのが適切とされます。遺言作成は専門家への相談がすすめられます。
取得後に忘れてはならないのが建物への登記です。配偶者居住権は登記をしなければ第三者に対抗できません。負担付き所有権を相続した子がその建物を第三者に売却した場合など、登記がないと配偶者は新たな所有者に居住権を主張できないおそれがあります。
配偶者居住権の登記(対抗要件):民法1031条。建物の所有者は配偶者に登記を備えさせる義務を負います。登記は建物のみ可能で、土地には登記できません。
登記手続きは配偶者(居住権者)と建物所有者(子など)が共同で申請するのが原則です。登記を怠ると住まいを失うリスクがあるため、取得後はできるだけ早く、司法書士に依頼して登記を済ませることが大切です。
☑ 成立方法は「遺産分割協議」「遺贈(遺言)」「家庭裁判所の審判」
☑ 遺言で残すなら「遺贈する」と記載するのが基本
☑ 登記が第三者対抗要件。所有者と共同申請し、早めに(司法書士へ)
第4章 相続税評価と二次相続への影響
・相続税の課税対象。「居住権部分」と「所有権部分」に分けた評価
・二次相続で節税に働くケースがある理由
配偶者居住権は財産として評価され、一次相続で相続税の課税対象になります。計算では建物と敷地を「居住権(敷地利用権)の部分」と「負担付き所有権(敷地所有権)の部分」に分け、配偶者の平均余命に基づく存続年数や民法の法定利率を用いて評価します。一般に配偶者が若いほど居住権の評価額は高く、高齢ほど低くなる傾向があり、計算は複雑なため税理士による試算が不可欠です。
配偶者居住権等の相続税評価:相続税法23条の2。建物・敷地を「居住権(敷地利用権)」と「所有権(敷地所有権)」に区分し、配偶者の存続年数・法定利率による複利現価率等で評価します(計算は複雑で個別性が高いため税理士へ)。
注目される理由の一つが二次相続(配偶者が亡くなったとき)での取り扱いです。配偶者居住権は配偶者の死亡によって消滅し、消滅した居住権は所有者(子など)に相続税が課税されるわけではなく、原則としてその分の課税が生じないとされています。一次相続で自宅を居住権と所有権に分けておくと、二次相続では居住権部分が消え課税対象に含まれにくくなるためです。
効果は個別のケースによります。一次相続では配偶者の税額軽減(1億6,000万円または法定相続分まで非課税)が使えることも多く、一次・二次を通じた全体像で判断が必要です。節税効果は必ず税理士に試算を依頼してください。
☑ 配偶者居住権は財産として相続税の課税対象(相続税法23条の2)
☑ 居住権部分と所有権部分に分け、配偶者の余命・法定利率で計算
☑ 二次相続で消滅し節税に働くケースもあるが複雑・個別。税理士に試算を
第5章 注意点・デメリット|売却制限・流動性・登記
・譲渡できない(売れない)・流動性が下がる
・合意解除・放棄と贈与税、固定資産税、登記の注意点
①譲渡できない(売れない):配偶者居住権は第三者に譲渡・売却できません。配偶者本人が住むための権利であり、将来、施設入居などで自宅を離れても、居住権を売却して資金化することは難しい点に注意が必要です。
②建物の売却・賃貸に所有者の関与が必要:自宅を売却・賃貸するには所有者(子など)の関与が必要で、第三者への賃貸には承諾が要ります。居住権が付いた建物は買い手にとって使いにくく市場での流動性が下がる傾向があり、「配偶者は住み続けたいが、所有者の子は早く現金化したい」といった食い違いも生じます。将来の売却も選択肢に入れたい場合は慎重な検討が必要です。
③合意解除・放棄と贈与税:対価なく居住権を消滅させると、所有者が居住権相当の利益を無償で得たとみなされ、所有者(子など)に贈与税が課される論点が生じ得ます。安易な解除・放棄は思わぬ課税につながるため、事前に税理士に確認を。
④固定資産税・必要費の負担:建物の固定資産税は所有者(子など)に課税されますが、配偶者は使用に必要な通常の必要費を負担するとされ、実務上は固定資産税相当分を配偶者が負担するのが一般的です。⑤登記をしないと第三者に対抗できない:登記がないと所有者が建物を売却した際に配偶者は居住権を主張できないおそれがあるため、取得後は速やかに登記することが欠かせません。
☑ 居住権は譲渡できず、売却・賃貸には所有者の関与が必要で流動性が下がる
☑ 合意解除・放棄は贈与税の論点。固定資産税は所有者課税だが必要費は配偶者負担が一般的
☑ 登記をしないと第三者に対抗できない。取得後は速やかに登記を
第6章 使うべきケース/避けたほうがよいケース
・向いているケース
・慎重に検討したほうがよいケースと判断のポイント
向いているケース
・遺産に占める自宅の割合が大きく、自宅を相続すると預貯金の取り分が乏しくなる
・配偶者が終身その自宅に住み続けたい意向がはっきりしている
・配偶者と子(前妻の子を含む)で公平に遺産を分けたい
・一次・二次を通じた相続税の全体最適を図りたい(試算のうえ)
慎重に検討したほうがよいケース
・将来、自宅を売却して施設入居費用などに充てる可能性がある
・配偶者が高齢で、近い将来の住み替えや施設入居が想定される
・子(所有者)と配偶者の関係が良好でなく、承諾や協力が得にくい
・遺産に占める預貯金が十分で、自宅を相続しても現金に困らない
これらのケースでは、居住権を設定してもメリットが小さかったり、売却できない・流動性が下がるデメリットが上回ったりします。「住み続けること」を最優先するなら配偶者居住権が有力ですが、「将来売却して資金化する自由」を残したいなら、遺産構成・家族の意向・税負担を総合して専門家と決めることが大切です。
☑ 自宅の比率が高く、住み続けたい意向が明確なケースに向く
☑ 将来の売却・住み替えの可能性が高いケースは慎重に
☑ 家族の意向・遺産構成・税負担を総合し、専門家と判断する
まとめ|自宅を配偶者に、預貯金も確保する選択肢
配偶者居住権(民法1028条〜1036条・2020年4月施行)は、自宅の権利を「居住権」と「負担付き所有権」に分けることで、残された配偶者が住まいと生活資金の両方を確保しやすくする制度です。自宅をまるごと相続する場合と比べ預貯金を一定額残せる可能性があり、二次相続で節税に働くケースもあります。一方で、譲渡できない・流動性が下がる・登記をしないと守られないといった注意点もあり、評価や税務は税理士へ、登記は司法書士へと専門家の力を借りて進めることをおすすめします。
① 自宅を「居住権」と「所有権」に分け、住まいと預貯金を両立させる制度(2020年4月施行)
② 成立には遺産分割・遺贈・審判があり、第三者に対抗するには登記が必須
③ 二次相続で節税に働くケースがある一方、売却できない等の注意点も。評価・税務は税理士、登記は司法書士へ
ヘリテージリンクは、東京・埼玉エリアで相続不動産のご相談を、提携の税理士・司法書士と連携してサポートしています。「自宅を配偶者にどう残すか」「居住権を設定すべきか、売却して分けるべきか」といったお悩みは、お気軽にご相談ください。
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本記事は2026年7月時点の一般的な情報提供であり、特定の相続・税務・登記に関する助言を目的とするものではありません。配偶者居住権の評価・相続税の計算・登記手続きは複雑で個別の事情により結論が変わります。実際の判断にあたっては、税理士・司法書士・弁護士等の専門家にご確認ください。
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